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才能が誰にでもある理由・才能と努力の関係

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「自分て才能ないなあ」
「努力しても才能あるやつには敵わない」

何か才能のせいにして諦めていることってないですか?”才能”ってごく限られた者だけに与えられるものだと思ってしまいがち。でもそれは思い込みかもしれません。

 

「才能は誰にでもある」

 

私はそう思います。そのように考えるワケをお伝えします。

江戸時代にプログラマーがいる

江戸時代にはもちろんパソコンはありません。落ちている計算機はそろばんくらい。でももし江戸時代の人10万人を現代に引っ張り出してきて、パソコンというものを教えたとしたらその中に一人は優秀なプログラマーがいるはずです。

「ナニコレ!おもしれー!武士よりおもしれー!江戸幕府バイバイ!」刀ぽいっとパソコンに夢中になり、現代人以上にパソコンを使いこなす江戸時代の人間がいるはず。

 逆に現代の人間を江戸時代に放り込んだ場合、「俺TUEEEE」と刀を振り回し、武士道へとまっしぐらに進める人間がいたでしょう。

  

才能は誰にでもある

「俺にはあいつみたいに才能がない」なんて多くの人が思ってしまいます。

でも、江戸時代にプログラマーの才能があるけれど、開花させる機会がない武士がいるように、才能というのは時代や時期、タイミングに左右されて、発揮されるかされないかが決まるもの。ただそれだけ。誰しも何かしらの才能を隠しもっていると考えられます。

武士という極端なものでなくとも、まだ試したことさえない、フィギュアスケートの才能、スタントマンの才能が、あなたの中に眠っているかもしれない。

では「天才」とはなんなのでしょう?

 

天才とは運がある人

全員天才なのかといえばそれはちがいます。天才というのは自分の持っている才能を見つけ、その才能を発揮し、評価された人間のことを天才と呼ぶ。

天才だと呼ばれる浅田真央選手だって江戸時代に放り込んだらただの可愛い小娘にしかなりません。スティーブジョブズを2000年前のアメリカに落としてもせいぜい木の枝でiPadの模型を作ることしかできないでしょう。

 才能を発揮するのが天才で、発揮できるかどうかは、時代やタイミングなどの”運”によって左右される。 誰にでも才能があって、誰にでも天才になれるチャンスがあるのです。

「運ならもうどうしようもないじゃないか!」と考えますか?

才能は努力のそばにいる

才能と努力は並べられて語られることが多いですが、努力が必要なのは、「自分が何の才能を持っているかを知る機会を増やせる」からです。

運といえど、今この世にあるものに積極的に触れていけば自分の才能を遺憾なく発揮できる分野を見つける可能性が確実に増えます。今あなたの才能で、天才を誇れる分野がなかったとしてもそれが明日誕生するかもわからない。

それを見つける努力、それを見つけた時の努力が必要なのは確かです。

 

「自分はちっぽけだ」「才能なんて無いんだ」という考えが和らげば 少しは楽に生きられるでしょう。

 

さて、あなたの「才能」は何でしょうか?

 

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